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東京高等裁判所 昭和45年(行コ)65号 判決 1973年5月29日

沼津市大手町一三五番地

控訴人

潘進法

右訴訟代理人弁護士

佐藤英一

松岡宏

石井正春

沼津市大手町

被控訴人

沼津税務署長

神戸毅

右指定代理人

森脇勝

豊島徳二

蒲谷章

吉田和男

右当事者間の昭和四五年(行コ)第六五号所得税更正及賦課決定取消請求控訴事件について当裁判所は次のとおり判決する。

主文

原判決を取消す。

被控訴人が控訴人に対し昭和四〇年四月二一日付でなしたところの、控訴人の昭和三七年度分所得税につきその譲渡所得を金一五九九万九一一〇円とした更正決定のうち金七八四万九九一二円を越える部分を取消す。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は主文同旨の判決を求め、被控訴人指定代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の主張および証拠の関係は次のとおり陳述したほかは原判決事実摘示のとおりであるからこれを引用する。

(控訴人)

一、被控訴人は、訴外株式会社いさみや(以下単にいさみやという)が昭和三七年五月月二八日から同年六月一日にかけて静岡銀行本町支店から合計金二、〇〇〇万円を土地購入代金として借入れ、このうち金九〇〇万円を本件土地購入代金として正規に控訴人に支払つており、このほか金七五〇万円が社長貸付金として支出されながら使途不明であること、本件土地附近の土地所有者であつた訴外久米義雄(以下単に久米という)が本件土地売買と同時期に坪当り一一五万円で売却していることなどを根拠として右七五〇万円も控訴人に支払われたものと推定すべきであると主張するが、いさみやが土地購入代金名義で借入れたことから直ちに右借入金が本件土地代金として支払われたとは限らない。いさみやと久米間の土地売買については、控訴人は後記のごとく全然これを知らなかつたのであるから本件土地売買をいさみやと久米間の土地売買と同一に論ずることは独断である。

二、被控訴人は、本件土地の真実の売買代金は四、〇四八万円であるとし、その根拠として控訴人の主張する二、三〇〇万円との差額のうち七五〇万円はいさみやから社長貸付金として経理支出の上控訴人に支払われ、残額九九八万も控訴人に支払われたものと推定すべきであると主張するが、控訴人はおぼつかない日本語で衣類の行商をやり沼津に移住してからはラーメン屋経営一筋に過ごし近隣との交際もなくラヂオを聞くこともテレビを見ることもなく従つて世情にうとく、本件土地の時価についての判断能力もなく、いさみやが久米から近隣の土地を買受けたことも知らず、専ら本件土地上の所有建物が火災で焼失したのでその再建を考えていたのであるから、いさみやと久米間の土地売買については被控訴人主張のごとき仮装経理がなされていることは明らかであるが、いさみやと控訴人間の本件土地売買代金については何ら仮装通謀の事実はなく被控訴人の右主張は理由がない。

三、被控訴人が控訴人に支払われたと主張する七五〇万円以外の二、三〇〇万円の本件土地売買代金の動きは、控訴人の経営する訴外有限会社万来軒(以下単に万来軒という)の現金出納簿(甲第三号証)の記載といさみやの帳簿の記載と一致している。もし被控訴人が主張するように本件土地代金について、二、三〇〇万円のほかに仮装の経理がなされたとすれば、事実仮装の経理がなされたことの明らかないさみやと久米間の土地売買代金につき仮装経理の記載がいさみやの帳簿に記載されているように、本件の場合もいさみやの帳簿にその記載があるべきであるのにその記載がない。このことはは本件土地売買代金については、被控訴人の主張するような仮装の経理はなかつたことの証拠である。

四、被控訴人は、いさみやの帳簿上社長貸付金として七五〇万円が計上されていることから、いさみやと久米間における土地代金についての仮装経理と同様、本件土地代金として控訴人に支払われたものと推定し、右七五〇万円が経理支出された頃高田一郎という架空名義で控除人が二〇〇万円の預金をしたことをあげているが、七五〇万円が控訴人に支払われた事実はなく、右高田一郎名義の預金二〇〇万円は被控訴人主張の仮装経理としての七五〇万円とは関係はない。高田一郎は控訴人が戦前から衣類の行商のときに使用していた控訴人の日本名であり、右二〇〇万円は控訴人の妻が高田一郎名義で預金したものに過ぎず隠匿のためではない。

五、証拠として、新たに甲第七号証を提出し、当審証人杉山安弘、同久米義雄、同高井広市郎、同潘宝吉の各証言および当審における控訴人本人尋問の結果を援用し、乙第四一、第四二号証の各成立は認めるが、同第三八号証の一、二、第三九、第四〇号証の成立はいずれも知らない。

(被控訴人)

一、原判決七枚目表一行目「仮払金」とあるを「貸付金」と訂正する。

二、控訴人といさみや間における本件土地売買と久米といさみや間における土地売買との類似について

(一)  いさみやの備付帳簿上控訴人および久米にそれぞれ支払われた土地代金の内訳は別紙(以下別表という)のとおりである。そして、別表控訴人分欄の六月九日五〇万円は万来軒備付の帳簿によれば六月二八日控訴人が小切手で受取つた旨の記載(甲第三号証)がある。そこで被控訴人が右小切手につき調査したところ、右小切手はいさみやが同日付で駿河銀行沼津駅支店を支払地として振出したもので訴外三村光明の裏書がなされていることが判明し、従つて右小切手が控訴人に対して交付されたものでない疑があつたのでいさみやの代表者杉山安弘にただしたところ、いさみやから控訴人に支払つたとの帳簿上の記載は誤りであることが明らかとなつた。そうすると、控訴人といさみや間の売買契約書(乙第二、第三号証)の合計金額二、三〇〇万円につきその全額がいさみやの帳簿に記載されているわけではなく、少くとも金五〇万円については、実際に支払いがないのに帳簿上支払われたとして記載されているに過ぎないこととなり、契約書の金額といさみやの帳簿中実際に控訴人に支払われたものとは一致していないものである。

(二)  そこで、いさみやの控訴人に対する代金決済の方法と久米に対するそれとの類似性についてみるに、(イ)久米がいさみやから受領した土地代金は総額一、七六八万七、〇〇〇円であるが、そのうちいさみやの土地勘定に経理されている金額は別表記載のとおり八五〇万円であつて同額の売買契約書が作成されており、控訴人の本件土地代金についてもいさみやの土地勘定によれば二、三〇〇万円となつており同額の売買契約書が作成されており、(ロ)久米といさみや間の売買契約が作成された昭和三七年五月五日以降に授受された土地代金は、いさみやの記帳では土地勘定から八五〇万円、社長貸付金勘定から六八〇万円合計一、五三〇万円が支出経理されており、久米がいさみやに譲渡した土地は一五坪三八であるから、いさみやは土地代表として一坪概算一〇〇万円までは「土地勘定」および「社長貸付金勘定」から支出されたこととなり、控訴人に支払われた土地代金についても、いさみやの記帳によれば「土地勘定」から二六二五〇万円(記帳金額は二、三〇〇万円であるが、内金五〇万円については控訴人に支払われたものでないこと前記のとおり)が支払われており、さらに「社長貸付金勘定」から七五〇万円が支払経理されているところ、控訴人が当初作成した売買契約書の坪数は三〇坪であるから、いさみやは久米の場合と同様坪当り一〇〇万円即ち三、〇〇万円を「土地勘定」および「社長貸付金勘定」から支出していることとなる。

(三)  このように、いさみやは、控訴人および久米との各土地売買による代金支払いの処理をいずれも坪当り一〇〇万円までは帳簿上「土地勘定」と「社長貸付金勘定」から支出したものであり、以上の事実からすると、いさみやと控訴人および久米間の各土地売買の実態はいさみやの帳簿処理上全く同一の方法がとられていることが明らかである。

三、本件土地の譲渡価額を坪当り一一五万円と推定したことについて

いさみやの控訴人および久米に対する各売買代金支払いの経理方法が全く類似していることは前記のとおりであり、各売買契約の時期は久米との契約は昭和三七年二月一二日であつて、控訴人との契約は同年三月一七日であり、久米の方が控訴人より先であり、そのほか両者の譲渡した土地の立地条件、本件土地附近のその後の売買契約実例から本件売買当時の時価など綜合勘案すると、両者の土地取引の実態は全く同一であつたと推認できるところ、久米は坪当り一一五万円で取引したことは明白であるから控訴人の場合も同額であつたと推定すべきである。

四、証拠として、新たに乙第三八号証の一、二、第三九証ないし第四二号を提出し、当審証人浜嶋正雄、同松下貞男の各証言を援用し、甲第七号証の成立は知らない。

理由

一、請求原因第一項、第三項の事実および第二項の事実のうち控訴人が本件土地をいさみやに売却した事実は当事者間に争いがない。

二、そこで、本件更正処分が適法であつたかどうかの前提として本件の争点である本件土地の譲渡価額について検討する。

(一)  次の事実は当事者間に争いがない。

(1)  いさみやは昭和三七年当時沼津駅附近の繁華街である仲見世通りに店舗を構え婦人服洋品の販売を行つていたが、原判決添付別紙見取図(以下単に見取図という)(一)に「いさみや所有地」として表示されているとおり同社の仲見世通りに面する間口が非常に狭いことからかねてより仲見世通りに面した土地を買収して店舗を拡張したいと考えていた。ところが、たまたま昭和三七年一月一〇日、本件土地に隣接する京極飲食店街から出火し、本件土地およびその附近一帯が焼失した。

(2)  いさみやはこの火災を契機としてかねてからの店舗拡張の意図に基づいて仲見世通りに面している見取図(一)の(E)(H)(I)の土地を買取ることを計画し、(I)の土地の所有者である久米から右土地を後記認定の代金で買受け、また(E)(H)の土地についてその所有者である訴外三村きぬ子(以下単に三村という)に対し譲り受けたいと申入れた。これに対し三村は右両地を譲渡してもよいが、その一部の替地として本件土地をほしいとの希望を示したので、いさみやは控訴人に対し本件土地の買入を申入れた。

(3)  一方控訴人は自分が代表者である万来軒に店舗を賃貸していたが前記火災によりその店舗を焼失し再建を余儀なくされていたところ、丁度いさみやから本件土地を譲渡してほしいとの申入を受けたので見取図(一)の(A)の土地のうちから本件土地(B)(見取図(二)参照)を分筆していさみやに譲渡した。

(4)  そこで、いさみやは控訴人から譲り受けた本件土地を見取図(三)の(C)と(D)の土地に分筆し、(C)の土地を三村が所有する(H)、(G)(見取図(一)の(E)の土地を見取図(二)の如く(G)(F)に分筆した)の土地と交換し、(D)の土地については後日訴外長島静雄に譲渡した。そして、いさみやは別に(F)の土地を三村から譲り受けた。

(二)  原本の存在および成立に争いのない乙第四号証、成立に争いのない乙第一号証、第一八ないし第二二号証、第二五、第二六号証、第三一号証、原審証人野村恒雄の証言により成立の認められる乙第一四、第一五号証、原審証人浜嶋正雄の証言により成立の認められる乙第一六、第二三号証、原審証人杉山安弘の証言により成立の認められる乙第一三号証の二、右各証人の証言、原審証人松下貞男の証言を総合すると次の事実が認められ、この認定に反する証拠はない。

(1)  いさみやは久米から本件土地の近隣土地である見取図(一)(I)の土地を買受けたが(この事実は争いがない)、書面上は代金八五〇万円とし昭和三七年五月五日附の土地売買契約書(乙第一三号証の二)を作成し帳簿等も右金額を基に作成したが、実際の売買価額は坪当り一一五万円総額一、七六八万七、〇〇〇円であり、いさみやはその代金のうち八五〇万円を正規の土地勘定で支払つたほか七三〇万円をいさみやの当時の代表者であつた杉山進に対する仮払金勘定ないし貸付金勘定として経理上の措置をした金員で支払つた。

(2)  本件土地は別記のようにいさみやが控訴人から取得した後三村の所有土地であつた見取図(一)(二)の(H)(G)の土地と交換したが三村は本件土地の一部を昭和三九年二月二五日訴外磯村光利に譲渡しており、その際の譲渡金額は坪当り一七〇万円でこの坪当り価額から本件土地の譲渡時期における価額を日本不動産研究所発行全国市街地価額指数により逆算すると見込価額は坪当り一二九万二、〇〇〇円となる。

(3)  いさみやは静岡銀行本町支店から昭和三七年五月二八日一、〇〇〇万円、同年同月三一日同年六月一日各五〇〇万円合計二、〇〇〇万円を土地購入資金として借入れ、これを同支店の当座預金に入金し、さらに同年六月四日右当座預金から控訴人に本件土地代金の一部として九〇〇万円を支払いこれを正規の土地勘定に経理し、また六月一日別に七五〇万円をいさみやの代表者杉山進に対する貸付金として経理し、この金額を当座預金から引出しているがその支払先が明らかにされていない。右九〇〇万円は昭和三七年六月一日付の小切手で支払われているが、控訴人は右小切手の取立を同年六月四日三島信用金庫沼津支店に依頼しているのでいさみやが控訴人に対し実際に右金額を支払つたのは同年六月四日である。これは、控訴人といさみやが本件土地の所有権移転登記申請を昭和三七年六月一日に静岡地方法務局沼津支局に提出し、いさみやは同日右九〇〇万円を小切手で控訴人に支払う予定にしていたところ、右所有権移転登記申請書に添付すべき登記義務者の権利に関する登記済証を提出することができなかつたため、不動産登記法第四四条に定める保証書を提出した。そこで、同支局登記官は同法第四四条の二に定める所定の手続をしたところ、登記義務者である控訴人は同月四日右所有権移転登記申請に間違いない旨回答し同日登記が完了したのでいさみやが右代金を支払つた。

(4)  控訴人は三島信用金庫沼津支店に高田一郎名義で普通預金口座を有し昭和三七年六月四日二〇〇万円が預入れられ、さらに控訴人は建築代金として同月二五日右口座から一〇〇万円を仁手建設株式会社に支払つた。

(三)  以上当事者に争いのない事実および証拠により認定した事実をもとにして本件土地の譲渡価額につき順次検討する。

(1)  被控訴人は控訴人の主張する本件土地の譲渡代金坪当り七〇万円は本件土地に近接する情況類似する久米所有土地が坪当り一一五万円で売買されている事実に照らし不合理で信用できないと主張し、久米が本件土地に近接する見取図(一)(I)の土地一五坪三合八勺を契約書では代金八五〇万円で売買したことにし実際は坪当り一一五万円総額一、七六八万七、〇〇〇円でいさみやに売却したものであることは前記認定のとおりであり、しかも本件土地と久米の土地とは近接しいずれもその買主がいさみやであることからすると、被控訴人が主張するように、本件土地も坪当り七〇万円ではなく久米の売却代金に近い価額で取引されたのではないかとの疑念はある。しかし、およそ、土地の売買価額は、売買当事者のその土地に対する主観的評価、換金の必要性その他当事者の売買の事情、その土地の経済的限界価額(その土地を取得しまたは譲渡することによる所有土地全体の経済価値の増加または減少)等各種の要素が考慮され、さらに当事者の力関係が加味されて成立するものであり、被控訴人の調査に対し控訴人が被控訴人の調査を拒否したとか控訴人が当該取引につき何らの記帳もしていないとか真実の探究を故意に妨げるような作為をしたため、事実を推定によつて認定されても止むを得ないと認められるような事情も認められないから本件土地の近隣の土地が本件土地売買と同時期に坪当り一一五万円で売却された事をもつて直ちに本件土地も坪当り一一五万円で売買されたと推認することは早計である。

(2)  被控訴人は、いさみやにおける土地取得の経理が、久米からその所有土地を買受けた場合と控訴人から本件土地を買受けた場合とが類似していることを理由として控訴人主張の本件土地の売買代金が信用できない旨主張する。

いさみやと久米間の土地売買において売買代金が契約書では八五〇万円となつているが真の売買代金は坪当り一一五万円総額一、七六八万七、〇〇〇円でいさみやは右代金を正規の土地勘定のほかいさみやの当時の代表者杉山進に対する仮払金ないし貸付金勘定で支払つたことすなわち仮装経理がなされたことは先に認定したとおりであり、前出乙第一四、第一五号証と原審証人野村恒夫の証言によると、いさみや備付の帳簿には久米に支払われた土地代金合計一、七六八万八、七〇〇円のうち一、五八〇万円については別表久米義雄欄記載のとおり「土地勘定」合計八五〇万円、「社長貸付勘定」六八〇万円、「社長仮払勘定」五〇万円として記帳されているが、残額一八八万七、〇〇〇円についての記載はなく、控訴人については「土地勘定」として合計二、三〇〇万円が同表控訴人分欄のように記載されているほか昭和三七年六月一日付で仮払金七五〇万円の記帳がなされている(但しこの仮払金が控訴人に対してなされたことは右帳簿自体からは明瞭でない)ことが認められ、さらに、前記のように久米がいさみやから受取つた土地代金は総額一、七六八万七、〇〇〇円であるが、そのうちいさみやの土地勘定に経理されている金額は前記のとおり八五〇万円であつて同額の売買契約書(乙第一三号証の二)が作成されており、控訴人の本件土地売買代金についても、前記のとおりいさみやの帳簿上の「土地勘定」は二、三〇〇万円であつて同額の売買契約書(乙第二、第三号証)が作成されていることからすると、控訴人といさみやとの本件土地売買代金の帳簿上の処理がいさみやと久米間の土地売買代金の帳簿上の処理とが類似していることが窺われるところ、いさみやと久米間の土地売買契約においてその代金につき仮装経理がなされたことは先に認定したとおりであるが、このことから直ちにいさみやと控訴人間の本件土地売買にも仮装経理がなされ控訴人主張の本件土地代金が虚偽のものと推認することには無理があるし、またいさみやにおいて久米との土地売買について仮装経理を作為したのは久米の申出に基づくものかそれともいさみやの都合に基づくものかについては、前出乙第一六号証によると久米はいさみやの都合により契約書を作成した旨陳述しており、原審証人杉山安弘は久米の申出によるものである旨の供述をしておりその何れとも決し難いので久米の申出によるものであるとの可能性が全く考えられないではないのに反し控訴人が本件土地売買に際し仮装の経理をいさみやに対して要求ないし要望した証拠はない。次に原審証人高井広市郎の証言により成立の認められる甲第三号証、当審証人松下貞男、同浜嶋正雄の各証言および右証言により成立の認められる乙第三八号証の一、二、第三九号証によると、右表の控訴人分欄中六月九日五〇万円は万来軒備付の現金出納簿(甲第三号証)には六月二八日に控訴人が小切手で受取つた旨の記載があること、被控訴人が右小切手につき調査したところ、同小切手はいさみやが六月二八日附で駿河銀行沼津駅支店を支払地として振出したもので三村の夫である三村光明の裏書がなされていることが判明したこと、従つて右小切手が控訴人に対して交付されたものでない疑があつたので被控訴人において右小切手が誰に交付されたものであるかについていさみやの杉山安弘にただしたところ、いさみやから控訴人に支払われた趣旨の前記帳簿(現金出納簿)の記載は誤りである旨申立てたことが認められ、他に右認定を動かす証拠はない。以上認定の事実によると、いさみやが控訴人に支払つた金額中、帳簿上土地勘定として記載されている昭和三七年三月一七日の六〇〇万円、同年五月二八日の一五〇万円、同年六月一日の六〇〇万円、九〇〇万円の各記載は正当としても同月九日の五〇万円については現実の支払いがないのに帳簿上記載されたものであつて控訴人といさみやとの本件土地売買契約書(乙第二、第三号証)の合計額二、三〇〇万円についてその全額がいさみやの帳簿に記載されているわけではなくそのうち五〇万円については支払いがないのに帳簿上記載されていることすなわち契約書の金額といさみやの帳簿中現実に控訴人に支払われたものとは一致しないことが認められる。そうするといさみやは控訴人との関係において帳簿上「土地勘定」として処理した二、二〇〇万円中二、二五〇万円が実際の土地代金であり若し前記七五〇万円の仮払金が被控訴人の主張するように控訴人に支払われたとすれば、控訴人がいさみやに売渡した土地の地積が当初三〇坪であつたことは成立に争のない乙第二号証によつて認められるから三〇坪につき三、〇〇〇万円すなわち一坪につき一〇〇万円まではいさみやが帳簿上「土地勘定」および「社長貸付金勘定」として処理しているものであり、他方いさみやと久米との土地売買についても前段認定のようにいさみやの記帳の上では八五〇万円が「土地勘定」として「六八〇万円」が「社長貸付勘定」として経理支出されており前記乙第一三号証の二によれば久米がいさみやに売渡した土地の地積は一五、三八坪であることが認められるから久米との関係においてもいさみやは土地代金中一坪一〇〇万円までは「土地勘定」および「社長貸付勘定」として処理していることが認められ、この点においてもいさみやの久米および控訴人に対する土地代金支払についての帳簿上の経理処置についての共通点が認められるが、このことをもつて直ちに久米に対する土地代金が一坪一一五万円であるから控訴人に対するそれも一坪一一五万円であるから控訴人に対するそれも一坪一一五万円であると推定することも無理であろう。さらに前出乙第一五号証によると、被控訴人が主張するように、いさみやの帳簿上昭和三七年六月一日社長貸付勘定として七五〇万円が支出されていることが認められるが、これが控訴人に支払われたと認むべき何らの証拠はなく、被控訴人が主張するような、右同日頃いさみやの代表者杉山進が土地代金のほかに七五〇万円という多額の金員を支払わねばならないような事情もなく、久米に対する土地代金の一部六八〇万円が右杉山進に対する貸付勘定から支出されたことを考慮しても右七五〇万円が控訴人に支払われたと推認することはできないから代金決済方法の類似についての被控訴人の主張は前提を欠くものというほかはない。

また、久米の土地売買においては帳簿外で支払われた額は前記のように一八八万七、〇〇〇円で、それがいかなる方法で決済されたかが不明であるが、それが現金で支払われたとしても、その額からみてあながち不自然とも思われないが、本件土地売買については帳簿外で支払われた額が、売却代金を被控訴人が主張する坪当り一一五万円とすれば一、八〇〇万円余におよびこのような巨額が帳簿外の現金で支払われたとは考えられないことも前記仮装経理の推認ができないとの認定を裏付けるものといえる。

(3)  次に、被控訴人は、いさみやにおいて静岡銀行本町支店から土地購入資金として二、〇〇〇万円を借受けたこと、本件土地がその後昭和三九年二月坪当り一七〇万円で譲渡されており、この価額から本件土地の譲渡時期における価額を全国市街地価格指数による上昇率により逆算するとその見込価額は一二九万二、〇〇〇円となることをもつて被控訴人の主張する本件土地の譲渡価額一一五万円の根拠の一つとして主張する。

いさみやが昭和三七年五月二八日から同年六月一日にかけて静岡銀行本町支店から二、〇〇〇万円を土地購入資金名義で借入れ、同支店の自己の当座預金口座に入金したことは前記認定のとおりであるが、いさみやが土地購入資金名義で二、〇〇〇万円を借入れたからといつてただそれだけで同年六月一日附で「社長貸付金勘定」として経理処理されている七五〇万円が本件土地代金の一部であり本件土地代金が坪当り一一五万円(総額四、〇四八万円)であると認定すべき根拠とすることはできない。金融機関から融資を受けるについて名目と実際の使途が相違することは巷間まま行われていることであり、土地購入資金ということで借受けたものが必ず土地代金として使われたと断定することはできないし本件ではその証拠もない。

また、本件土地の譲渡価額をその後になされた売買価額から逆算すると坪当り一二九万円余となることもこれまた先に認定したとおりであるが、売買価額は各種の取引条件によつて異るものであることは前記のとおりであり、被控訴人のいう市街地価額指数も全国的な土地価額の趨勢を知るうえでは役立つとしても個々の具体的事例についても妥当するとは必ずしもいえないから、右事実をもつてしても、本件土地の譲渡価額が坪当り一一五万円であつたと断ずることはできない。

(4)  いさみやの帳簿上「社長貸付金勘定」として控訴人に七五〇万円を支出した日として記載されている昭和三七年六月一日の直後である同月四日控訴人が三島信用金庫沼津支店に高田一郎名義で二〇〇万円を普通預金として預入れたことは前記のとおりであるが原審における証人潘春之原審ならびに当審における証人高井広市郎および控訴人本人潘進法当審における証人潘宝吉各尋問の結果を綜合すると控訴人には本件土地代金のほかにも右金額の預金をなし得る程度の蓄財があつたことが認められるので高田一郎名義で預金した二〇〇万円が右七五〇万円の一部であり従つて本件土地代金の一部となるものであるとの認定をすることもできない。

(四)  以上(三)の(1)ないし(4)で判示したとおりの諸点はこれを個別的にみればいずれも土地の譲渡代金が、被控訴人の主張するように坪当り一一五万円総額四、〇四八万円であることを認めるに不充分であるが、これ等の諸点を綜合して考慮してもなお右の事実を認定するまでの心証を惹起するまでに至らなかつた。

(五)  そして、本件土地が控訴人といさみや間に売買されるに至るまでの経過は冒頭認定のとおりであり、成立に争いのない乙第二、第三号証、原審および当審証人杉山安弘の証言、原審および当審における控訴人本人尋問の結果によると、本件土地の売買契約は当初目測で三〇坪とし坪当り七〇万円総額二、一〇〇万円の売買契約書(乙第二号証)が作成され次いで、実測の結果三五坪余であることが判明したので改めて残部について契約書を作成することとなつたが、その際控訴人の方で二坪余は通路として使用されているから代金は三坪分でよいというので二一〇万円となるところをさらに一〇万円減額し結局残部の代金を二〇〇万円として契約書(乙第三号証)を作成したこと、控訴人は日本語も十分話すこともできず近隣との交際もなく世情にうとく、当時久米の土地がいさみやに坪当り一一五万円で売却されたことは知る由もなかつたこと、しかも本件土地売買にあたつては、控訴人と地上建物の賃借人との間に火災後紛争がありその立退料の半額もいさみやにおいて負担することとなりこれを除外して本件土地の売買代金を坪当り七〇万円ときめたもので右額は決して低額すぎるものではないことが認められ、他に右認定を動かす証拠はない。右認定の事実によれば本件土地の譲渡代金は控訴人が主張するように二、三〇〇万円であると認めるのが相当である。

(六)  そうだとすれば控訴人の譲渡所得は七八四万九、九一二円となるところ、本件土地の譲渡代金が坪当り一一五万円総額四、〇四八万円であるとしこれを基礎に控訴人の譲渡所得を一、五九九万九、一一〇円とする被控訴人の更正決定は違法として取消すべきところこれと異り控訴人の請求を棄却した原判決は失当で本件控訴は理由がある。

三、よつて、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条民事訴訟法第九六条第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 菅野啓蔵 裁判官 渡辺忠之 裁判官 小池二八)

別表

<省略>

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